残念ながら記憶は薄れていく。あんなに鮮明だったひとつひとつのシーンやエピソードは、少しずつその現実感を失っていく。昨日のことのように思い出したりはしない。
　ただ、彼女の存在感そのものは、僕の中でどんどん大きくなる。それはきっと僕の中で作り替えられたイメージとして、もしくは時間を超えた存在としての彼女が今も語りかけてくれるのか、本当のところは分からないが、ともかくとてもパーソナルな存在として僕の中のある空間をしっかりと占拠している。そして時折、その現実味はないが強烈なイメージは、ギラギラとする存在感で僕の体を埋め尽くす。目眩がする。文字通りの身体的な意味で。
　僕はとても身勝手なのかも知れない。全くうまく言い表す事が出来ないのだけれど、これは僕のきわめて個人的レベルでの彼女との関わりで（関わりなんてないのかもしれない）、僕が勝手に抱え込んだ問題なのだろう。だから僕は彼女の思い出を所有したいとは思わない。

　9年ほど前、もう一人大切な友人を亡くしたことがある。それは当時ずっと一緒に演奏をしていたベーシストだったのだが、レコーディングの最中に、突然交通事故で死んでしまった。彼の存在も、僕の中で非常に大きなある階層を占領している。それは、忘れるとか忘れないと言う種類のものではない。

　彼らはあまりにも大きな課題を僕に残していった。しかしそれは、決してネガティブなものではなく、とてもポジティブな方向に向いている。