祖母は、少し特殊な家庭事情（それはもちろん、僕にはとても自然でシンプルな環境なのだけれど）のもとに育った僕にとって、言葉どおり育ての母と言うべき存在だった。小学校の授業参観日にもおばあちゃんが来てくれた。クラスメイトのお母さん達に混じって、いちばん張り切って着飾ってくるおばあちゃんの姿にすこし気恥ずかしい思いで、だけどなぜか自慢したくなる気持ちを感じたことを覚えている。

　若い頃のおばあちゃんは、当時いわゆるMOGAと呼ばれるような人物だったらしい。派手なことが大好きで、レビューに通い、ショールームで洋裁の仕事をしていたこともあり、流行のファッションには敏感だった。僕の記憶のなかの彼女も、人生を楽しむことにかけては、誰にも負けないくらいの才能の持ち主だっだ。旅行やダンス、ギャンブルも好きだった。だけどどんなときでも決して上品さを失わない不思議な魅力があるひと。愚痴をこぼすところなんて見たことがないし、何事に対しても常に前向きなひとだった。まさに全速力で駆け抜けたような人生だったのだろうと思う。

　そんなおばあちゃんを一度だけ泣かせてしまったことがある。それはどうしても消せない記憶のひとつ。小学校2年生のある日、当時別の場所で暮らしていた親のところへ出かける準備をしていた時のことだ。僕の不用意な言葉でおばあちゃんを傷つけてしまった。やっぱりお母さんの方が大事なんだねと言って、おばあちゃんは激しく泣いた。どう理解してよいのか分からないまま、一人で電車に乗る。どれだけ深く愛されているのかをその時知った。

　時間はとても残酷に流れる。

　おばあちゃんを見送る日、心の中に何度も浮かんでくるのは、「ありがとう」という言葉だった。